歴史
川内駅は1914年(大正3年)6月1日、川内線(後の鹿児島本線)の川内町駅 - 串木野駅間開通に伴い、鉄道院の「川内町駅(せんだいまちえき)」として開設された。1922年(大正11年)7月1日に川内線西方駅 - 川内町駅間が開通し、1924年(大正13年)10月20日には宮之城線川内町駅 - 樋脇駅間が開通した。1940年(昭和15年)10月1日に「川内駅(せんだいえき)」へ改称された。1945年(昭和20年)には7月27日と30日の川内大空襲で駅構内の大部分および駅本屋等が被災し、8月1日には川内川橋梁が空襲で破壊された(同年9月9日復旧)。1949年(昭和24年)6月1日には昭和天皇の戦後巡幸でお召し列車が発着した。1959年(昭和34年)6月14日に駅舎が改築され、1966年(昭和41年)10月1日にコンテナ貨物取扱が、1968年(昭和43年)10月1日にみどりの窓口が新設された。1987年(昭和62年)1月10日に宮之城線が廃止され、同年4月1日には国鉄分割民営化により九州旅客鉄道(JR九州)・日本貨物鉄道(JR貨物)が継承した。2004年(平成16年)3月13日、九州新幹線新八代駅 - 鹿児島中央駅間の開業に伴い停車駅となり、新駅舎の使用が開始された。同時に鹿児島本線八代駅 - 当駅間がJR九州から肥薩おれんじ鉄道へ移管され、当駅はJR九州と肥薩おれんじ鉄道の分界駅となった。2012年(平成24年)12月1日に鹿児島本線でICカード「SUGOCA」の利用が可能となり、2023年(令和5年)10月1日には在来線駅の営業形態がJR九州サービスサポートによる業務委託駅から、九州旅客鉄道本体による直営駅へ変更された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
川内駅はJR九州(九州新幹線・鹿児島本線)、JR貨物、肥薩おれんじ鉄道の3社が乗入れるターミナルで、九州新幹線の駅としては唯一の地上駅である。2004年3月から2022年9月までの18年半にわたり日本の新幹線で最西端の駅であったが、2022年9月23日の西九州新幹線開業により最西端は長崎駅となった。新幹線の駅で読みが重複するのは仙台駅(せんだいえき)と当駅のみで、マルスが片仮名表記だった時代には鹿児島本線の川内駅を「(カコ)センタ゛イ」と区別表記していた。JR九州の2024年度の1日平均乗車人員は2,792人で、鹿児島県内のJR九州の駅としては谷山駅に次ぐ第3位である。